さぽろぐ

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2017年02月09日

聚富橋

2002年4月12日のうろうろ④
 「浅羅賀橋」を越えてしまえば「石狩河口橋」まで一直線だぁ!と思ったらさにあらず・・・
 台地を超えたところに橋がありました。「知津狩橋(しらつかりはし)」です。渡る河川は勿論「知津狩川」。北海道にはアイヌ語由来の地名が多いのですが、似たような名前を今思い出すと、道南に「シロリカ川」に架かる「白糠橋」があるし、「白糠町」という町もある。雨竜町と新十津川町を分けるのが「オシラリカ川」だったような・・・。そういえば、どことなく風景が似ています。「知津狩橋」の写真を撮っていると、ちょっと下流に「旧知津狩川」河川表示板が見えます。行ってみました。なんとなく頭にひっかっかったので車に戻って地図を見ます。この川の上流には旧石狩油田があったようです。戦争で焼失したらしいのですが、へぇ北海道に油田ねぇ~と頭に引っかかった事があったのを思い出したのです。
 さて今回の橋もあと二つ。河川改修が行われてとても奇麗になった名前のわからない川に架かる「新開地橋」と同じように川の名前のわからない「聚富(しゅっぷ・しっぷ)橋」ですあの頃はこの橋を渡ると厚田村から石狩市に入りました。写真をを見るとそれぞれカントリーサインが見えます。台地から降りてきてスピードを出しやすいので、ゆっくりゆっくり帰りました。
聚富橋
「聚富橋」
(写真をクリックするとちょっと大きな写真が見れます。)

文中の橋はあくまで2002年当時の写真です。現状とは違うかもしれません。ご注意ください。   


Posted by haruitiban at 07:00Comments(0)石狩の橋

2017年02月08日

望来橋

2002年4月12日のうろうろ③
 「望来」は難読地名なのだろうか?「もうらい」と読みます。北海道石狩市にある地名です。
 さて、「望来大橋」を過ぎて望来川沿いを札幌に向けて進みます。なだらかな丘陵地です。次に出会うのが「瑞穂橋」。そしてすぐに「望来橋」です。ここで川は海に注いでいきます。
 いつの頃かわかりませんが、このどちらかの橋が工事していた記憶があります。「瑞穂橋」の歩道橋併設工事だったもしれません。2002年の写真には両方の橋に歩道橋があるようですから、もっと前かなとも思えます。札幌近郊を抜けるのは仕事を終えてからなので、存外夜中に走ることが多かったのです。記憶が混乱しています。
 さて、望来地区の最後の橋が「浅羅賀橋」です。読みは「あさらかはし」河川名は「正利冠川(まさりかっぷかわ)」。ここを過ぎるとひと山超えて聚富(しゅっぷ・しっぷ)地区に入ります。今思うと「浅羅賀橋」の近くに郵便局があるのですが、ここで友人に何か送った(手紙?)記憶があるのですが・・・何を送ったか記憶が定かでないのが気になります。こんど会ったら聞いてみることにしましょう。


「望来橋」
(写真をクリックするとちょっと大きな写真が見れます。)

文中の橋はあくまで2002年当時の写真です。現状とは違うかもしれません。ご注意ください。
  


Posted by haruitiban at 07:00Comments(0)石狩の橋

2017年02月07日

望来大橋

2002年4月12日のうろうろ②
 ①の「厚田橋」をカメラに収めて、海からちょっと離れた国道231号線を戻っていると、本格的に今年も始まってしまったなぁ・・・と思った。
 仕事も忙しいのになんて無謀なんだろうとちょっと反省。そんなこと考えてるうちに、古潭地区に入って渡ったのが「新古潭橋」。そばに「ふれあいセカンドスクール」と書いてある建物(体育館?)があった。このブログ書いていて気になったので調べてみたら、15年の歳月を経て今でも存在しているようで、検索にヒットした。しかし、なんの施設かよくわからなかった。15年たってもあるようで少し嬉しくなった。
 今日の表題の橋「望来大橋」。大橋の基準てなに?って感じの普通の橋。つい室蘭の「白鳥大橋」と引き比べてしまった。きっと国道231号線を繋ぐうえでのいろいろな歴史があったんだろう。橋の架かる望来川はこれから望来地区の中を流れていく。
 ここで突然友人の誕生日を思い出した。バースディカードでも送ろうと、周囲を見回すも店なんて無いし...、とりあえず先を進めることにした。

<望来大橋>
(写真をクリックするとちょっと大きな写真が見れます。)

文中の橋はあくまで2002年当時の写真です。現状とは違うかもしれません。ご注意ください。
  


Posted by haruitiban at 07:00Comments(0)石狩の橋

2017年02月05日

厚田橋

2002年4月12日のうろうろ①
 勇み足でスタートしたこの年は、本格的にはこの4月12日から始まった。
道東白糠町までの走りはなかなか体にこたえたようで、まずは近場へ、車中泊はなく日帰りで・・・ということで近隣へ向かう。
 今となっては隣の自治体なのだが、2005年の市町村合併で石狩市となった厚田村(現石狩市厚田区)である。実際はもっと北を目指したのだが、厚田港を見下ろす高台の駐車スペースで海を見ながらまだ寒いなぁ・・・と力尽きた(笑)。
 さて、ゆるゆる戻りながらの橋探し、まず渡ったのが厚田川に架かる「厚田橋」。街なかにはすでに雪は無く、かといって若草萌え出すにはちと早いという風情。橋がちょっと長い、この川昔は増水したのかもしれない。

厚田川左岸からの厚田橋
(写真をクリックするとちょっと大きな写真が見れます。)

文中の橋はあくまで2002年当時の写真です。現状とは違うかもしれません。ご注意ください。

  


Posted by haruitiban at 07:00Comments(0)石狩の橋

2013年06月05日

横井橋

120831   発寒古川を行く その7(新琴似川を行く編)

 地下鉄・バスと乗り継いで前回の帰りのバス停まで到着。
 そばのコンビニで水分補給等の買い物をしてから歩き出す。
 屯田4番通を西へ(北へか?)、「安春川北4番橋」「大排水北4番橋」と通り過ぎ
 花川通手前で新琴似川を跨ぐ。架かる橋は「屯田ふれあい橋」
 石狩にむかうとすぐに、発寒古川を跨ぐ「花川橋」である。これは川かと思えるほど水草で水面が見えない。堤防沿いをちょっと歩き「花川南3条橋(銘板は単に「南3条橋」)」を渡り戻って花川通を南下。左側に公園が見える。ここに架かるのが「屯田みどり橋」。さらに進むと大排水と新琴似川が合流しその先に「屯田橋」が架かる。この橋は上りと下りの二重橋。
 その先の屯田3番通を右折し、発寒古川を目指す。 すぐに、以前の地図には「大排水北3番橋」と表示されている「新琴似川北3番橋」があり、更に歩くと発寒古川に架かる「花川南5条橋」と出会う。
 発寒古川の川沿いを南下。途中、何人ものお年寄りの散歩とすれ違う。
冬場に道があるとは思えないが、雪が無ければ緑の中の散歩コースであろう。
 更に行くと、新琴似6番通と石狩側の防風保安林を結ぶように発寒古川に「横井橋」が架かる。なぜここに人名?(地名?)の橋が・・・絶対冬場は雪に埋没しているはず。半年だけ姿を現す橋なのかと思うと面白い。
 ここから新琴似川方面に向けて新琴似6番通を追分通りに向けて進む。出会うのが「新琴似つかさ橋」。周囲は畑地や資材置き場、で、何台かの車が行き交う程度。追分通りまで行き南下。新琴似5番通で右折し出会うのが「新琴似つばさ橋」。この橋も先のつかさ橋と同様の立地なのだが竣工年に4年ほどの幅がある。橋の上から南の方を見ると河川の工事をしている。北から順々に地域開発の整備しているのかもしれない。
 発寒古川までたどり着き新琴似4番通まで歩くが橋が無い。川は暗渠の中から流れ出ている(様に思われる)。通りを右折し新琴似川を目指すが、工事中でスルー。追分通を過ぎたところでバスを待って帰宅の途に着いた。今回は発寒古川と追分通(花川通)との間を東西に歩いて橋を探した感じだ。
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Posted by haruitiban at 11:56Comments(0)石狩の橋